恐怖!〜戦慄の学校探検〜無道綾那と静馬夕歩の悲劇





月明かりさえない暗闇。
まして、度の合っていないメガネをかけている綾那には、すぐ隣の夕歩さえあまりよく見えていない。
夕歩の顔が青い事や、暑さのせいではなく恐怖のために流れる冷や汗に、そんな綾那が気づけるはずもなかった。

「…」
「…」

静寂を好む綾那と大人しい夕歩。スタートの時に、「じゃあ、行こうか。」「うん。」という会話を交わして以来、無言のまま。

「ねえ、綾那。」

暗闇と静寂と恐怖に堪え切れなくなった夕歩が、口を開いた。

「ん。」
「なんか喋って。」
「え。」

静寂に耐えられない夕歩であるが、話題がない。暗闇の中で恐怖に心が支配されているのに、話題なぞ見つけられようか。

「んー、今保健室の前通ったけど、なんでもうちの学校の保健室って、出るらしいよ。」
「出るって…」

夕歩は何となく嫌な予感がした。

「幽霊。くだらないけど、私の聞いた話だと…」
「あ、あ、あ、綾那。」
「ん。」

夕歩は慌てて綾那を遮った。

「その話はいいや。」
「…」
「…」

綾那の顔が夕歩の方を向いた。

「…夕歩って、もしかして、怖がり?」
「え、あ、いや…」

ばれた。夕歩はそう思った。

「なんでもない。」

しかし、綾那は笑ってそう言っただけで、それ以上の追及をしようとはしなかった。
綾那の顔が夕歩に近づいた。綾那の顔だけが、夕歩の視界を支配するほど近く。
それも一瞬のことで、綾那はすぐに夕歩に背中を向けて歩き出した。

「ふふっ。」

綾那は口を押さえて笑いだした。夕歩が笑う綾那の背中を追いかけた。

「な、何?」

口をへの字にした夕歩が綾那に問う。

「夕歩にも怖いものあったんだね。」

綾那が相変わらずくすくすと笑いながら言った。

「別に、そんな…」
「はいはい、分かってる。 とにかく、私の制服をつかんでるその手、離さないように気をつけてね。」

校舎に入った時から、怖がりな夕歩は綾那の制服をつかんでいた。
何も言い返せない夕歩は、綾那の制服の裾をつかんで、綾那について歩くだけだった。




+++
保健室を通り過ぎて、少したった時。

「ん。」

後ろから何かが転がってきて夕歩の足にあたり、夕歩は足元を見た。

「!!!!!!」
「ちょっと、夕歩。苦しい…」

突然、夕歩が後ろから綾那に抱きついた。

「あ、わ、わ、…」
「ん?」

振り返った綾那が、夕歩の目線の先、夕歩の足元を見た。

「なんだ、人体模型?の首かな。」

綾那は人体模型の首を拾った。

「わあああ!!!」
「そんなに驚かなくても。ただの人体模型の首よ。ほら。」

綾那が人体模型を、背中にしがみついている夕歩に向けた。
夕歩にしてみれば、こっちに向けなくていいと叫びたいところである。夕歩の目が人体模型のそれと合う。

「!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ぐえ、ゆ、夕歩、苦しいってば…」

人体模型が瞬きをした。ありえないが、夕歩は確かに見た。

「い、今、瞬きしたよ…それ…」
「え、人体模型が?まさか。」

その時、階段のほうから物音がした。
足音。誰か降りてくる。
そして、暗闇の中、現れた黒い影。
綾那が懐中電灯の光を、その影にあてた。

「!?!?!?!?!?!〜=)(’()=〜{*}*?_*{‘=!゛#$%&’::」::;@;:・;。」
「ゆ、夕歩、痛い。肋骨折れそう…」

人間のように見えるそれは、ゆっくりと2人の方に近づいてきた。
しかし、いまだにそれが誰なのか認識できていない綾那。
腰を抜かした夕歩が、綾那の足元に座り込んだ。
奇妙な音を立てながら近づいてくる人影。綾那には大体の予想はついていた。

「ああ、人体模型か。」

それは首のない人体模型だった。
こういう不思議現象が起きそうなことも、綾那は始めから予想していた。
あの会長だし、何か仕掛けてくると。

「ったく。あの会長。」

手にしていた人体模型の首を、目の前の人体模型につけた。

「ほら、早く帰んな。」

綾那は人体模型の背中を押して、保健室の方へ戻るよう促した。
一瞬動きの止まる人体模型。しかし、再び動き出し、保健室へと戻って行った。

「ふう。」
「…」

夕歩はすっかり黙りこんで、綾那の足元に座り込んでいる。

「大丈夫?夕歩。」
「あ、はは、うん。」

これはだめだわ。綾那は直感した。
夕歩に手を差し伸べた。

「大丈夫?立てる?」
「ありがと。」

夕歩は差し出された綾那の手を握った。
しかし、そのまま夕歩の動きは止まった。

「夕歩?」
「ごめん、腰が抜けて立てない。」

かすかに顔を赤らめて、夕歩は言った。

「…ぷっ。」
「む。」

思わず綾那は噴き出した。

「ごめん。」
「綾那が普通すぎるんだよ。」
「しょうがないな。おんぶしてってあげるから。夕歩、おいで。」

綾那が夕歩に背中を向けてしゃがんだ。その肩に夕歩は手をかけた。
夕歩にとって不本意ではあるが、自力でで立てない以上、言われたとおりにするしかない。
綾那は、肩に置かれた手をひいて、夕歩の体を自分の背中に引き寄せ、夕歩の両足を抱えて立ち上がった。

「なんか…やだ。」
「お姫様だっこの方がよかった?」
「違うよ。そうじゃない。分かってて言ったでしょ。そうじゃなくて…」

お化けが怖くて、人体模型に驚いて腰を抜かして、おんぶされて。
相手が綾那とは言えど、自分の弱みをさらけ出してしまった事。
その不甲斐なさというか、今の自分に対する恥ずかしさその他が、「なんか…やだ。」の言葉に隠されていた。
もっとも綾那は夕歩のその気持ちに気づいているようだが。

「そうじゃなくて…なに?」

言葉に詰まった夕歩の方を、綾那が振り返ろうとした。


―べち


振り返りかけた綾那の顔を、夕歩が半ば平手打ち気味に手を当てて、前を向かせた。

「ん、もう、こっち向かないでよ。」
「あたた。」

綾那の顔には、赤い手形が残った。
恥ずかしくて赤くなった顔を綾那に見られたくなくて、思わず夕歩は平手打ちをしてしまった。
ごめん、と心の中で思いながらも、これでもう振り向いたりしないだろうと、安心する夕歩。
大体、綾那が振り向いたら、ほんの数センチ先に綾那の顔があるわけで、
今度は別の意味で顔が赤くなってしまいそうで。

「よいしょ。」

顔を叩かれたときに、不意に腕の力が抜けて、落ちかけた夕歩の体を、綾那は抱え直した。
夕歩の手が綾那の首に触れた。

「うひゃい!」
「どうしたの綾那。」
「夕歩、手冷たいね。この季節なのに。大丈夫?」
「うん。」
「やっぱ…」

―べち

「だから、こっち向かないでってばぁ。」

後ろを振り向きかけた綾那の顔に、夕歩は再び平手打ちをした。


両頬に手形をつけた 綾那は、来た道を戻った。





+++
来た道を戻ればいいだけだった。しかし、何度も同じ場所に来てしまう。

「あれ?」
「綾那、さっきもここ通ったよ。綾那こそ大丈夫。」
「おかしいな。」
「正面玄関はそこ右に行って、まっすぐ行けばいいんじゃない。」
「うん。」

夕歩に言われたとおり、綾那は進んだ。

「あれ?」
「ね、また同じとこ来ちゃったでしょ。」
「なんで?」
「さあ。いくら会長でもこんなことはさすがに…」
「…」

赤くなった顔が再び青くなる夕歩。

「しょうがない。」

綾那はすぐ近くの窓の鍵を開けて、窓から外に出た。

「お、見えた。正面玄関。」

夕歩を背中におぶったまま、窓を乗り越えた綾那の目に、遠く向こうの方に映る正面玄関。

「綾那って、すごいね。」

ここは本来、恐怖を感じるべきところだろう。

「そう?」
「人体模型にも、さっきのにも驚かないし。しかも、窓から出るって…」

予想外な綾那の行動に、夕歩の恐怖はどこかに行ってしまった。
暗闇の中にいたせいで、正面玄関前の明かりは、2人の目に明るすぎるくらいだった。





+++
「あら、お帰りなさい。無道さん静馬さん。」

帰ってきた2人に会長が声をかけた。

「緊急通報装置を押さずに帰ってはきたけれど、ボールを持って帰ってきていないので、失格!!」
「そんなでかい声で言わなくてもわかりますから。」



<無道綾那・静馬夕歩  ボールを持ち帰ってきていないので失格>


+++つづく+++


実はこの2人の組み合わせも大好き。いいじゃないですか夕綾!
原作の方でも、この2人できてるんじゃない?と
思わせるようなあれやこれやがありますし。
(学園祭前に、夕歩が綾那にこっそり葉書送ってるとか、
それを綾那が常備してるとか、
ドラマCD会議に綾那が夕歩を無理言って呼んじゃうとか。)
順夕も好きですけど、夕綾も良いよ。

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つづき:久我順と増田恵の悲劇へ

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