夢の続き



カフェテラスのテーブルに、私と順と綾那で座っている。

「綾那、そんなに時計見てても、4時にならないと染谷は来ないんだかんね。」

順がからかうように綾那に言った。

「うるさいな、別にいいでしょ。」

綾那が少し照れたように言った。
いつもと変わらない学校生活。
順と綾那がそんな感じでじゃれあっていると、ゆかりがやってきた。

「お、染谷。まま、座んなよ。」

そう言って順は、自分の膝を両手で叩いた。
ゆかりが拒否するより早く、綾那が、「何言ってんだおまえ、この淫魔。」 と叫びながら、順の膝を平手打ちした。

「いったーい。手の跡付いちゃったよ。もー。ひどいじゃない。」
「自業自得ね。」

嘆く順にゆかりがそっけなく言った。

「ゆかり、座りなよ。」

綾那は1つ開いていた椅子をひいて、ゆかりにすすめた。

「ありがとう、綾那。」

ゆかりが綾那に微笑んで、椅子に座った。
ゆかりの、綾那へ向けたその笑顔を見ただけで、なんとなくわかった。
やっぱりこの2人は、仲が良いんだなって。


あれ。


でも、いつの間に2人の仲が元に戻ったのだろう。
ああ、そうか。
きっと、私が入院している間に、いろいろあったんだろう。
私が、何もすることがなく、病院で寝ている間にも、世界は変わっていくんだ。

それにしても、ゆかりと綾那が、あんな風に笑うの、久しぶりに見たな。
喜ばしいことなのに、なんだか寂しい気もしてしまって。
突然、3人が椅子から立ち上がった。

「じゃーね、夕歩。」

3人は私にそう言って、手を振った。
3人がどんどん離れていく。
順が、綾那が、ゆかりが、ゆっくりだけれども確実にどんどん遠のいて行く。私の体には、言いようのない浮遊感。

ああ、私だ。

3人が離れて行くんじゃない。
遠く遠く離れて行っているのは、私だ。
体が、遠く遠く青く澄みきった空へ、吸い込まれていく。



+++
開いた目に映るのは、見慣れた病室の天井。
よく晴れた日の、昼下がり。
つい眠ってしまったんだろう。
手もある、脚もある。体も重力に逆らってなどいない。意識もある。

私は生きている。

でも、きっと世界は変わっている。私がこんな夢を見ている間にも。
今日は、あの3人がお見舞いに来てくれる日で、だからこんな夢を見たのだろう。

今日という日は、二度と来ない。今という瞬間は、今しかないんだ。そうやって過ぎていく一分一秒は、とても大切なもの。

今だけしかない大切なものなのに…

なのに……

自分は、その大切な時間を、病院のベッドで寝ているだけ。みんなが学校で星奪りをしたり、笑ったり、騒いだりしているその時間を、ただひとり、何もすることもなく寝ているだけ。 なんだか泣けてくるよ。 でも、そろそろ3人が来る時間だから、泣いているわけにはいかない。枕をぬらす涙を拭いた。



+++
それから2,30分くらいたった時、ドアをノックする音が響いた。

「どうぞ。」

そう答えると、ドアがゆっくり開いて、綾那とゆかりが入ってきた。

「久しぶりね。」
「そうだね。わざわざ来てくれてありがとう。」

ああ、いつものゆかりだ。そんな風にして、2人と言葉を交わした。

「そういえば、順はどうしたの。」
「あー、その、……あのバカはいろいろしでかして、それで、その罰として掃除当番になってね、急に来れなくなったのよ。」

綾那が少しためらいがちに言った。きっと、このことを私に知られる順の気持ちを考えたからだろう。
普段はああだけど、きっと綾那はいざって時には、順の力になってくれると思う。優しい人だから。
もちろん、ゆかりも。
みんな、きっと心のどこかでいつでもお互いを思ってる。

「夕歩。」

ゆかりに名前を呼ばれ、我にかえった。

「ん。」
「これ、お花。あと、退屈しないようにって思って、本持ってきたから。」
「ありがとう。」
「いえいえ、どういたしまして。」

ゆかりは微笑んで答えた。
でも、隣の綾那がずっと黙って、不安そうな顔で私を見ている。
黙り続ける綾那の代わりに、ゆかりが口を開いた。

「夕歩。あなたの目が赤いから、もしかして夕歩が泣いてたんじゃないかと、綾那が心配してるわよ。」
「ん、そうなの?」

綾那は明らかに動揺していた。そうだったんだ。

「あ、うん。…まあ、そうなんだけど…」



ああ、ばれた。



ゆかりも綾那と同じことを思っていたのだろう。
だから、綾那の心配に気づいたんだろう。

「大丈夫よ。病気になって、入院生活が続けば、いろいろと思うところもあるんでしょうけど。手術もきっとうまくいく。だから大丈夫。」

そう言い終わると、ゆかりはちらりと綾那の方を見た。

「あー、その、なんだ。気の利いたことは言えないけど、大丈夫。うん、大丈夫。」

2人の優しさが、飾ることない言葉が、私の心に優しく響く。

「「待ってるから。」」

2人の言葉が、重なった。
2人は一瞬だけ目を合わせて、すぐにそらした。ああ、変わらないんだ。
まだ、2人は昔みたいに戻れていないけれど、お互いを思う気持ちは、変わらない。今、私にくれた優しさも。



変わらない。
変わり続ける世界の中で、変わらないものがあることを知る。



「うん、大丈夫。2人も、早く昔みたいに戻れると良いね。」

私の顔にようやく戻ってきた笑顔を添えて、2人に送る。

「そうね、夕歩がそう言うなら、前向きに検討しておくわ。」
「ん、…うん、頑張るわ。」

2人はお互いにそっぽを向いて言った。

「私が学園に戻るまでの宿題だからね。」


END


原作では、病気にも関わらず弱さを見せない夕歩さんですが、人に弱さを見せない人って、
きっと人知れず涙を流したり、悩んだりしてると思うのです。


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