別れを告げた。
右手を振った。
その背中が遠く離れて行くのを、ただ眺めていた。


そばにいて欲しい。


ただ、その一言が言葉にならない。

 

 

コールドゲーム

 

 

それは、当たり前のように繰り返される日常。

アリスのいなくなった神社で、霊夢は立ち尽くした。
アリスの消えて行った方を、もうそこにアリスはいないと知りながら見つめていた。
それから部屋の中に戻って、たった一人、お茶を飲む。


住んでいる「世界」が違うのだ。
「場所」ではなく「世界」。
「場所」という単なる物理空間の違い以上に、アリスの生きる空間は自分のそれと異なっている気がした。

 

人間が入らないような森の中に(ごく身近に一人例外がいるが)、一人で人形と暮らして、魔法の研究をしたり本を読んでばかりいるような「妖怪」。
人にあらざる者。
きっと自分が必要としている程に、自分は必要とされていないのではないかと思う。
そんなことはないとひたすらに否定するのが、現実逃避。
それもしょうがないと諦めるのが、妥協。
必要とし、必要とされようと行動を起こして行くのが、努力。


それを分かっていながらも、現実逃避せずにはいられない。
妥協せずにはいられない。


そうするほかに、どうしたらいい?


そんなことはないとひたすらに否定する行動に、「現実逃避」以外の言葉を与えたい。
それもしょうがないと諦めることに、「妥協」ではない意味と言葉を与えたい。


普通の価値観からすれば、「現実逃避」に「妥協」など、実に悪いイメージしかないものである。
当然そんな価値観からすれば、現実逃避と妥協を繰り返さずには生きられない者達、「普通」から外れて生きる者達など、実に悪いイメージしかないものである。
現実逃避や妥協といった言葉に否定的な印象を与えるだけの「普通」の価値観が、普通には生きられない者達の全てを否定する。
そんな価値観を超えて行くような、そう。
ありとあらゆる困難と不安にさえも、確かな意味を与えるような価値観で自分をはかれたら。

 


そして、そんなことを考えるものまた一つの現実逃避かつ妥協なのだと思い至り、思考は巡る。

 


必要なのはそばにいて欲しい、ただその一言だと分かっているけれど。

 


それからまた数日が経ち、再びアリスが博麗神社を訪れる。
またいつものように、二人で縁側に並んで座って、お茶を飲む。
他愛ない話をして、時間は流れて行く。
幸せを感じるのはそういうふとした瞬間で。
だから、こんな時間がもっと続けばいいのにと、不意に切なくなるのもそういうふとした瞬間で。
だから、


「あんた、私といて楽しい?」


思い余って、霊夢はそんなことを口走った。
言った後で、これではまるで「うん」と言って欲しくて口走ったようなものだと、霊夢は後悔した。
まして、どうしてかアリスは霊夢を見つめたまま黙るものだから、なおのこと聞かなければ良かったと霊夢は後悔した。

 

―――――なんで黙るのよ。

 


そう心の中で呟いた霊夢の声が聞こえたかのように、アリスが口を開く。


「あぁ、ごめんなさいね。もちろん一緒にいて楽しいと思ってるけど、黙ったのは答えに困ったとかじゃなくて、『私といて楽しい?』なんていきなり聞くから…」


アリスの手が霊夢の腕に触れた。


「私、なにかあなたを不安にさせるようなことしたかしら?」


一を聞いて十を知る、というのはきっとこういうことなんだろうな、と霊夢は思った。
でもまさか、何かされたから不安になったのではなくて、むしろ何かをされていないから不安になったなんて言えるわけない。


「いや、別に…」
「あぁ、そう。」


逆に気を使わせてしまったような気がして、はじめから余計な勘繰りをしなければ良かったと、アリスは後悔した。
あからさまに何かありそうなのに、我がままの1つも言ってもらえないのがなんだか悲しかったなんて、まさか言えるわけない。

 

それから少しの間、沈黙のまま時間が過ぎる。
実に気まずいがこの上、余計なことを言って更に気まずくなる方が困ると思い、どちらも口を開かないままでいた。
本当は、もっと言いたいことはあるはずなのに。


「それじゃあ、そろそろ帰ろうかしら。」
「うん。」


別れを告げた。


「じゃあね。」
「うん。」


右手を振った。


―――――お願い



その背中が遠く離れて行くのを、ただ眺めていた。

 

―――――お願いだから

 

そばにいて欲しい。

 

―――――そばにいて


―――――でも、……

 


ただ、その一言が言葉にならない。

 


だから、だから…
言葉にすることが全てじゃないのだと、今この一瞬だけでいいから、そう思えたら。

 


アリスの背中を追いかけて、霊夢は腕を掴んで引きとめた。
不意に引き留められて驚いたアリスが振り返る。
アリスが振り返った先で、霊夢はうつむいていたから表情はよく見えなかったけれど。
少しの沈黙の後、先に口を開いたのは、アリスだった。

 

 

 


「もう少し、そばにいようか?」

 




 


END

東方のSS初公開。
暫くSSを書いていないせいだろうか。
SSってこんなに書くの難しかったっけww 


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