09年ゆかりの誕生日記念のSS。
時期的には綾那・ゆかり・順・夕歩が中2夏くらいで仲良し4人組だった頃です。
8月5日はゆかりの誕生日だ!お祝いしようと意気込んだものの、
ネタに悩む私に「ゆか夕」ワードをお与え下さった親愛なるY氏に捧ぐ。
The magic of communication
「怒ってる?」
「怒ってないわよ。」
いや、怒ってる。
少なくとも綾那の目にはそう映った。
思い当たる節がないわけでもない。
だから余計にゆかりが怒っているように感じられた。
「私…なんかしたかな?」
「だから怒ってないって言ってるでしょ。」
顔と声質は怒っているとしか言いようのないものであるが。
「怒ってるじゃん。」
「これはあなたがさっきからしつこいからでしょ!」
「ひえぇ…」
控えめにオドオドしながら言葉を返した綾那に、ゆかりからダメ押しの一撃。
+++
綾那を見ていた。
放課後の校舎の入り口で。
うつむいて、挙句溜息までついている。
寮に帰りたいのだろう。
しかし、物陰から寮へと続く道を覗き込んでは引っ込んで、困った顔をしている。
結局、寮とは違う方向へ綾那は歩き出した。
きっと遠回りをして帰るのだろう。
こそこそと校舎を抜け出した綾那を追って、その肩を叩いた。
驚いたのか、綾那の肩がはねた。
「あぁ、夕歩か。」
恐る恐る振り返った綾那は夕歩の顔を見て安堵した。
「ゆかりかと思った?」
「うっ…」
実に分かりやすい。
「夕歩は何してるのよ、こんなとこで。」
「んー、ゆかりに会いに行くんだよ。」
夕歩は手に持っていた数学の教科書を綾那の前に出した。
綾那の前に出されたのは、染谷ゆかりと名前の書かれた数学の教科書だった。
「なんなら一緒に行く?あっちにいるんでしょ、ゆかり。」
教科書を借りて放課後返しに行くといった時、放課後は外で絵を描いているかもしれないとゆかりは言っていた。
確認したわけではないが、きっと寮の方へと続く道の途中にゆかりがいるのだろうと夕歩は半ば確信していた。
「いや、遠慮しとく…じゃ、じゃあ。」
そういって綾那は足早に遠回りをして寮の方へと帰って行った。
足早に去っていく綾那の背中を見送ってから、夕歩は後ろを振り返った。
遠くの方、青々とした桜の木を背にスケッチブックをもったゆかりがいた。
雑草を踏みしめる夕歩の足音に気付いてゆかりは顔を上げた。
「ああ、夕歩。」
綾那じゃなくて残念だったね、とでも言おうとしたが夕歩はその言葉を飲み込んだ。
夕歩の目に映ったゆかりは思いのほか不機嫌そうであった。
これは綾那があんな風にもなるわけだ。
「教科書、ありがと。」
「ああ、そういえば貸してたわね。」
ゆかりは差し出された教科書を受け取り鞄の中に入れた。
ゆかりは再びスケッチブックを抱えて絵を描き始めた。
「ゆかり、絵うまいんだね。」
「ありがと。」
相変わらず不機嫌そうにゆかりは答えた。
「ねぇねぇ、隣で見てても良い?」
「どうぞ。」
もちろんゆかりの描く絵にも興味はあったが、それ以上に不機嫌そうにしているゆかりが夕歩にとっては興味深かった。
不機嫌には綾那が関係しているのだろう。
綾那のことがあんなに好きなのに。
もっとも、好きだからこそこんな風に不機嫌になったりするんだろう。
ゆかりの隣から夕歩が絵を見始めて少し経ったときのことだった。
「ねえ、ゆかり。」
「ねえ、夕歩。」
それは2人同時に発せられた。
「あ、どうぞ。」
「夕歩が先でいいわよ。」
「え、ゆかりが先でいいよ。」
「夕歩が先でいいわよ、私のは…その、ホントどうでもいい話だから。」
「ん、じゃあ私から先に話すけど、ゆかりも後でちゃんと話してね。」
「いいわよ。で、何かしら。」
こんな時、いざ自分が話すってなると何となく話しづらい。
「えーっとね、ん…その、ゆかりさ………なんか怒ってる?」
「…」
スケッチブックの上を走る鉛筆の音が止んだ。
その言葉に反応してゆかりが夕歩の方を向くと、2人の視線がぶつかった。
+++
言ってから気付いた。
言わなければよかったと。
喧嘩になる、そう思った。
――夕歩、怒ってる?
いつだったか、順が夕歩にそう尋ねてきたことがあった。
夕歩は怒ってないと否定したが、それでも順は怒ってるじゃんと主張し喧嘩になったことがあった。
怒ってるって分かってるならほっといて欲しいと思った。
酔っ払いに酔っ払いといえば喧嘩になる。
バカにバカといえば喧嘩になる。
怒っている人に怒ってるといえば喧嘩になる。
実際自分がそうだった。
分かっていたはずなのに。
なぜゆかりに「怒ってる?」などと聞いてしまったのだろうか。
夕歩は後悔した。
ゆかりは夕歩には優しかった。
というよりも順や綾那に対して厳しいからそう感じられるだけかもしれない。
順曰くそういう嗜好らしいが。
いくらゆかりが自分には優しいとはいえど、これは怒らせたと思った。
しかし、ゆかりの口から出てきた言葉は夕歩の思いもよらないものだった。
「ありがとう。」
ゆかりは微笑んでそう言った。
作り笑いではない。
口は笑っているけれど目は笑ってないなどということもない。
ゆかりは笑っているのだ。
ありがとう?
何が?
怒られる理由こそあれ感謝される理由などないはずだった。
「私のこと心配してくれたんでしょ。」
ああ、そうか。そういうことなんだ。
「だから、ありがと。」
心配そうに自分を見ている夕歩を見て、ゆかりは綾那を思い出した。
近すぎて気付けなかったとはありきたりであるが、きっとそういうことなのだろう。
物事を冷静に見るには距離が必要のようだ。
人の感情の変化にまで敏感になっては、心配してくれる優しさになぜ気付けなかったのだろう。
「うん。」
そこで夕歩は綾那のことを思い出した。
「そういえばさ、ゆかりが不機嫌だった原因って、綾那でしょ?」
「まぁ、そうだけど。」
「数学の教科書の隅に綾那の絵描いちゃうくらい好きなのにね。」
夕歩は笑いながら言った。
ゆかりは心臓をつかまれたような気がした。
こんな風に笑う夕歩は順にすごくよく似ていた。
「見たの?」
「そりゃあ、あれだけたくさん描いてあったら見えちゃうよ。」
「あ、そ。」
穴があったら入りたい、というのがどんな気持ちか分かった気がした。
綾那のことでつつかれて困っているゆかりを見て、面白いと夕歩が思っていることにゆかりは気付いていないかもしれない。
「で、ゆかりは何話そうとしてたの?」
「へ、何が?」
「ほら、私が話したらゆかりも話すって言ってたじゃん。」
「ああ、あれ。別に良いわよ。」
ゆかりはスケッチブックを閉じた。
「えー、駄目だよ。話すって約束だよ。」
「いや、もう聞く必要なくなったから良いのよ。」
もう?
夕歩は少し考えてから閃いた。
「ああ、もしかして…」
夕歩が言いかけたところで、ゆかりが夕歩の肩をつかんだ。
「い、言わなくていいのよ。」
別にそんなに恥ずかしがらなくてもいいと思うんだけどなぁ。
+++
後日、夕歩は順に会った時に面白い話を聞かされた。
綾那とゆかりが綾那たちの部屋で勉強していた時のこと。
ゆかりが数学が苦手(ゆかりのレベルからすれば)だと言った時に、別に簡単じゃんと順がゆかりの教科書をぱららっとめくったらそこには綾那と順と夕歩と他美術部の先輩やらクラスの友達やらの似顔絵が随所に描かれていたとのことだった。
もちろん数的に綾那が圧倒的に多かったとういうことだが。
それだけ教科書に落書きをしていれば苦手にもなるだろう。
END
ゆかりが実は教科書に落書きとかしちゃうくらい、超皆大好きな子だととてもモエw
この話は実話を基にしています。「怒ってる?」と聞かれたときに「ありがとう、心配してくれて」と自然にさらりと答えた人がマジにいますw
自分が怒ってるか怒ってないかではなく、「怒ってる?」と聞いてくる相手の気持ちを思いやれるその優しさに感動しました。
こういう優しさ、思いやり、心の余裕を持てる人間になりたいです。
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