in her
arms
放課後、ゆかりと槙は美術室に向かっていた。二十四節季、霜降の頃。壁の向こう、青い葉を纏う銀杏の木を、槙は見ていた。
槙の目線の高さと、だいたい同じくらいのその壁の向こうに、よく知った声が聞こえた。
「なんなんだこれは!」
槙は、反射的にゆかりを見た。
「無道さんね。」
「そうですね。」
ことのほかそっけないゆかりの返答。そこに槙は逆に、ゆかりの本心を読み取った。槙は立ち止って、少し背伸びをして、壁の向こうを見た。
「あら、無道さんと、あれは…」
槙の言葉はそこで、途切れた。わざとだけれど。ふと槙が横を見ると、ゆかりが見上げていた。
身長156センチのゆかりには、残念ながら壁の向こう覗くことができない。
「あれは…何ですか?」
「気になる?」
わざわざ聞かなくても答えの分かる質問をする目的なんて決まっている。
「先輩、わざと私を困らせてませんか。」
「ん、何を困ってるの、ゆかり?」
槙にとって優先されるは、刃友を突っつくこと。
「…いや、その…」
別に何も困ってませんと、強気に返してくると思っていたのに。
「ふふ、ちょっといじわるだったわね。」
予想に反して、目をそらし困った様子を見せるゆかりを前に、槙が先に折れた。槙は少しかがんで、後ろからゆかりの体を両腕に抱えて、持ち上げた。
「どう、見えたでしょ?」
流れるような動作で、体を抱きかかえられて、壁に遮られていた向こう側の景色がひらけた。槙の行動は、ゆかりにとっては予想外のことだったけれど。
ゆかりの見た景色の中には、3人のよく知った人間がいた。無道綾那、久我順、黒鉄はやて。
3人で、テーブルを囲んで座っていた。何か話しているようだったけれど、よく聞こえない。そのかわり、後ろから心臓に突き刺さるような声が聞こえた。
「何してるのよ、あんたたち。」
自分が槙先輩に抱きかかえられていること、ぶっちゃけ言ってしまえば覗きをしていることに対する羞恥心というか罪悪感とかを突かれたようで、ゆかりは驚いて振り返った。
声を聞いただけで、そこにいるのが、美術部副部長であることなど分かっていたけれど。
しかし、突然ゆかりが動くものだから、ゆかりが振り返りかけたところで、槙はバランスを崩した。
「あっ…」
バランスを崩した時に、思わずゆかりは槙の両肩に手をついてしまった。
正面から押し倒すような形で、ゆかりが槙の上に覆いかぶさって、2人は倒れた。
「はあ。ホント、何してんのよ、あんたたち。」
「あはは…大丈夫です。」
あきれる副部長に、ゆかりは愛想笑いを送った。
「全く、気をつけなさいよ。」
副部長はそう言い残して去って行った。
「すみません、先輩。大丈夫ですか、怪我してませんか?」
仰向けに倒れていた槙に、ゆかりは声をかけた。槙の体の上に座ったままで。
「あ、大丈夫。ごめんなさいね。ゆかりこそ大丈夫?」
槙は上半身を起こした。少し押されたら、それだけでぶつかってしまいそうなほど、2人の顔は近かった。
「「「あっ…」」」
間抜けな声が3人分聞こえた。
ゆかりと槙が、声のした壁の方を見ると、壁のへりに腕をかけて、こちら側を覗いている、綾那と順とはやてがいた。何とも気まずい雰囲気が流れた。
「あらあら。」
と、槙がつぶやいたところで、ゆかりは跳ねるように立ち上がった。
「あ、いや…その」
これは違うんだと言いたかった。でも誰に。何のために。
ゆかりが言葉に詰まった。壁のへりから、綾那が消えた。
「あっ。」
そういって、順も消えた。
「お。」
はやても消えた。
結局、ゆかりがあたふたしている間に、3人とも壁の向こうに見えなくなってしまった。
「綾那、ドンマイ。あたしがいるから。部屋も一緒だし、寂しいなら、いつでも添い寝をしてあげるから!」
「あたしもあたしも!綾那の心の隙間はあたしが埋めて…」
「うっさいわ!!」
槙とゆかりの耳に、壁の向こうからそんな会話が聞こえた。
「だから、違うわよ!!」
ゆかりは壁の向こうに向かって叫んだ。
しかし、壁の向こうでは、相変わらず、あーでもないこーでもないと3人が言い合っていて、返事は何もなかった。
「ふふ、大丈夫よ。無道さんはちゃんと分かってるわよ。」
槙が制服についた砂を払いながら言った。
「はあ、そうだと良いですけど。あ、いや、別に綾那にってわけじゃなく、綾那以外の2人の方が変なことを言い出しそうで。」
「それはそれで、私は大歓迎だけどね。」
「な、な、先輩…」
「だって、そうすれば、無道さんもその気になって、ゆかりを奪いに来るかもしれないじゃない。」
「何ですかそれ。」
ゆかりのその問いに、槙はふふっと微笑むだけだった。
END
槙ゆか良いよね!
槙→ゆかり→綾那というのが、私の脳内での図式であるww
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