夕歩復帰後の夕綾を検討してみた。
病室の窓から見えた空はあまりに綺麗で、一人で見るには持て余してしまうから。
ベンチに座ってゲームの雑誌を読んでいた綾那に、問いかける声があった。 「どうぞ。」 綾那が答えると、夕歩はゆっくりベンチに座った。 「なに?」 何か用事でもあるのかと綾那は思った。 「別に読んでていいよ。」 落ち着かなくて足を組もうかと上げかけた綾那の右足が止まった。 「いや…、それもどうかと思って。」 夕歩の手が綾那の方に伸びる。 「別にいきなり手つかんだりしないよ。」 夕歩は笑いながら言った。 「いや、…別に…」 それを想像しなかったと言えば嘘になるから、うまくごまかせない。 「これ、面白い?」 ふーんと言いながら夕歩はページをめくった。 「面白くないでしょ。」 綾那が驚きながら尋ねた。 「いや、変な期待させちゃったみたいだけどそうじゃなくて、面白くないかどうかもよく分かんなかった。」 そう言いながら夕歩は笑って、雑誌を綾那に返した。 「あ、そう。」 多分今、あからさまにがっかりした顔を自分はしているんだろうと思いながら、綾那は雑誌を受け取って鞄にしまった。 「綾那はそういうのが好きなんだね。」 1つ1つ、発言の意図をはかりかねる。 「部屋来る?順もいるけど。」
結局、よく分からないのだ。
自分も分かってあげられたら、よかったのに。
そう思わずにはいられなかった。 「なにやってるんだか知らないけど、よく放課後ちょろちょろしてんのよ。」 ふと出た綾那の言葉に 「ほう。」 と、いって夕歩の目つきが鋭くなった。 部屋が散らかっていたので座る場所だけでもと、綾那は床に散らばった諸々を端に寄せた。 綾那は立ち上がって夕歩に近づき、その背中に手を伸ばす。 「もしかして、順探してる?」 綾那の声に夕歩が振り返る。 「いや、探してないけど。」 さっきの会話を受けて、夕歩は順を見つけて、教育的指導でもするつもりでいたのではないかと、ふと思い至って綾那は尋ねた。
「空を見てただけでね。」 夕歩の吐いた息で窓が曇った。 「空?」 綾那が窓の外をのぞく。 「なんかいるの?」 綾那がせわしなく視線を動かして、空を見た。 「別に何もいないよ。」 夕歩の右手が綾那の腕つかむ。 「ああ、そう。」 別に窓の外に興味はなかったが、夕歩に腕をつかまれて、綾那は窓際から動けない。 「夕歩は、…」 10を聞いても1も分からない。 「なに?」 何を言えば良いか分からなくて困っている自分を伝えて、ほんの少し距離を縮めたい。 「私はてっきり、夕歩は何か私に用があるのかと思ってたんだけど、」 綾那はぼんやり外を見ながら、 「違うの?」 夕歩の方は見ないで尋ねた。
笑った夕歩の口から漏れた息が窓を曇らせて、その窓の曇りだけが綾那の目に映った。 「え、なんで笑うのよ?どこにも笑う要素ないでしょ。」 夕歩の手が綾那の腕を滑り落ちて、その手を握った。 「綾那は、」 言いながらふふっと笑って 「私のこと、よく分かってると思うよ。」 と夕歩は答えた。 「綾那に、用事があると言えばあるし、ないと言えばないから。しかもそれを、自分でもよく分かってないから。だから、綾那は私のことを分かってると思うよ。」 夕歩の手が冷たくて、綾那は不意に夕歩の手を握り返した。 「なにそれ。」 ぼんやりしていた外の景色が、鮮やかに見えた気がした。
ああ、そうだ。
「だから、そばにいてもいいかな?」
見上げた空がどんなに青くても、共有できなければ意味がない。
その時そばにいるのは、 綾那の手が伸びて、綾那の指が窓の曇りを消して行った。
「そばにいていいわ。」
その時、窓から見えた空があまりに綺麗だったから。
今そばに、あなたがいてよかったと、そう思った。 |