夕歩復帰後の夕綾を検討してみた。


病室の窓から見えた空はあまりに綺麗で、一人で見るには持て余してしまうから。

 


だから。

 


今そばに、あなたがいればいいのにと、そう思った。

 

 


sky blue

 

 


「隣、座ってもいいかな。」

ベンチに座ってゲームの雑誌を読んでいた綾那に、問いかける声があった。
綾那が振り返ると、いつの間にか後ろに立っていた夕歩がそこにいた。

「どうぞ。」

綾那が答えると、夕歩はゆっくりベンチに座った。
夕歩が座るのを見届けてから綾那は再び雑誌に視線を戻した。
そうして一呼吸おいてから雑誌を閉じて、もう一度夕歩を見た。
綾那と夕歩の目が合う。

「なに?」
「…いや、なんでもない。」

何か用事でもあるのかと綾那は思った。
だから、夕歩の方を見たのだが、特に用があるわけではないらしい。
もしかしたら、あるのかもしれないけれど。
隣に夕歩がいるのに雑誌を読んでいるのもどうかと思い、さてどうしようかと綾那は腕を組んだ。

「別に読んでていいよ。」

落ち着かなくて足を組もうかと上げかけた綾那の右足が止まった。
足は組まずにゆっくりおろした。

「いや…、それもどうかと思って。」

夕歩の手が綾那の方に伸びる。
綾那は思わずハッとしたが、夕歩の手は綾那の持っている雑誌をつかんだ。

「別にいきなり手つかんだりしないよ。」

夕歩は笑いながら言った。

「いや、…別に…」

それを想像しなかったと言えば嘘になるから、うまくごまかせない。

「これ、面白い?」
「夕歩には面白くないと思うけど。」
「私にじゃないよ。」
「ああ、私は面白いけど。」

ふーんと言いながら夕歩はページをめくった。

「面白くないでしょ。」
「…」
「え、面白かったの?」

綾那が驚きながら尋ねた。

「いや、変な期待させちゃったみたいだけどそうじゃなくて、面白くないかどうかもよく分かんなかった。」

そう言いながら夕歩は笑って、雑誌を綾那に返した。

「あ、そう。」

多分今、あからさまにがっかりした顔を自分はしているんだろうと思いながら、綾那は雑誌を受け取って鞄にしまった。

「綾那はそういうのが好きなんだね。」
「え、ああ、…まあ…」

1つ1つ、発言の意図をはかりかねる。
何か意味があるような気がしてしまう。
綾那は夕歩の言葉を頭の中で繰り返して、言葉の向こう側を知ろうとしてみた。
けれども、そもそも別に深い意味もないような気がしてやめた。
仮に何か意図があったとしても、考えてわかるものじゃない。

長い沈黙が続いて、どんな言葉でこの沈黙を破ろうか考えている間にも沈黙が続いていく。

「部屋来る?順もいるけど。」
「うん。」

沈黙に耐えられない綾那の苦し紛れの一言に、夕歩は少し嬉しそうな顔をして即答した。




++++++++++++
ベンチで後ろから話しかけてきたのも、隣に座ったのも、何か用事があるからではないか。
綾那はそう思っていた。
けれど何を言うでも何をするでもなく、夕歩がただそばにいるだけだったから、だから本当になんでもないような気もした。
でも、ここでは言いにくいことなのかもしれないと思って、部屋に誘ってみた。
その誘いに即答したから、やっぱり何か言いたいことがあるのかもしれないとも思った。

 

結局、よく分からないのだ。

 


綾那には夕歩が何を考えているのかよく分からなかったけれども、先のやり取りからすると夕歩には綾那の思っていることが分かっているようなので、綾那は少しの気まずさを感じた。

 

自分も分かってあげられたら、よかったのに。

 

そう思わずにはいられなかった。


部屋に順はいなかった。

「なにやってるんだか知らないけど、よく放課後ちょろちょろしてんのよ。」

ふと出た綾那の言葉に

「ほう。」

と、いって夕歩の目つきが鋭くなった。
告げ口するつもりはなかったが余計なことを言った気がした。
でも、どうせ順が放課後にやってることなんてろくなことじゃない。
丁度良かったかもしれないと綾那は思った。

部屋が散らかっていたので座る場所だけでもと、綾那は床に散らばった諸々を端に寄せた。
いつの間にか夕歩は窓際にいて、窓の外を見つめていた。

当たり前の日常の中に夕歩がいることが懐かしくて、綾那は夕歩の背中から目が離せない。

綾那は立ち上がって夕歩に近づき、その背中に手を伸ばす。
けれど、その背中に触れる直前でふと思うことあって手を止めた。

「もしかして、順探してる?」

綾那の声に夕歩が振り返る。

「いや、探してないけど。」

さっきの会話を受けて、夕歩は順を見つけて、教育的指導でもするつもりでいたのではないかと、ふと思い至って綾那は尋ねた。


「ただね…」


夕歩が窓の外に視線を戻す。

「空を見てただけでね。」

夕歩の吐いた息で窓が曇った。
制服の袖で夕歩は窓の曇りを拭いた。

「空?」

綾那が窓の外をのぞく。
夕歩が見ている世界と少しでも同じものを見たくて、夕歩に近づいた。
綾那の肩が夕歩の肩に触れる。

「なんかいるの?」

綾那がせわしなく視線を動かして、空を見た。

「別に何もいないよ。」

夕歩の右手が綾那の腕つかむ。

「ああ、そう。」

別に窓の外に興味はなかったが、夕歩に腕をつかまれて、綾那は窓際から動けない。

「夕歩は、…」

10を聞いても1も分からない。
何を言えば良いのか分からない。

「なに?」
「その、なんだ…何考えてるのか、よく分かんないわ。」

何を言えば良いか分からなくて困っている自分を伝えて、ほんの少し距離を縮めたい。

「私はてっきり、夕歩は何か私に用があるのかと思ってたんだけど、」

綾那はぼんやり外を見ながら、

「違うの?」

夕歩の方は見ないで尋ねた。
夕歩の方を見てしまったら、距離の近さに戸惑ってしまいそうだったから。

 


夕歩は笑った。

 

 

笑った夕歩の口から漏れた息が窓を曇らせて、その窓の曇りだけが綾那の目に映った。

「え、なんで笑うのよ?どこにも笑う要素ないでしょ。」

夕歩の手が綾那の腕を滑り落ちて、その手を握った。

「綾那は、」

言いながらふふっと笑って

「私のこと、よく分かってると思うよ。」

と夕歩は答えた。

「綾那に、用事があると言えばあるし、ないと言えばないから。しかもそれを、自分でもよく分かってないから。だから、綾那は私のことを分かってると思うよ。」

夕歩の手が冷たくて、綾那は不意に夕歩の手を握り返した。

「なにそれ。」
「ただ、綾那と話してたくてね。」
「ふーん…」
「ただ声を聴いていたい。」

ぼんやりしていた外の景色が、鮮やかに見えた気がした。


「そばにいて、同じものを見ていたい…って、それだけじゃダメかな?」


笑顔の中で少しだけ悲しそうな夕歩をみて、綾那は気づいてしまった。

ああ、そうだ。
一人、誰もいない病院の個室で毎日を過ごしていた夕歩を思って、綾那は言葉に詰まった。


夕歩の吐いた息が、また窓を曇らせる。

 

 

「だから、そばにいてもいいかな?」

 

 

見上げた空がどんなに青くても、共有できなければ意味がない。
それがどんな景色でもそこがどんな世界でも、夕歩にとっては綾那でなければ意味がない。
綾那にとっても同じで、当たり前の日常も、夕歩が一緒でなければ意味がない。

 

その時そばにいるのは、

夕歩でなければ

綾那でなければ




意味がない。


綾那の手が伸びて、綾那の指が窓の曇りを消して行った。

 

 

「そばにいていいわ。」
「うん、そうする。」

 

 

その時、窓から見えた空があまりに綺麗だったから。
一人で見るには、あまりに綺麗すぎて、持て余してしまうから。

 


だから。

 

 

今そばに、あなたがいてよかったと、そう思った。


END

夕綾はやれw
夕歩が学園に戻ってきて、夕綾的何かがまた本編でありは
しないかと期待している。

↑NOVEL↓   ↑HOME↓