誰の為に?
あなたの為に。
私はそれを望んでいないというのに?
あなたが望むことが必ずしもあなたの為になるとは限らない。
つまり、私が望まないことでも私の為になると?
あくまで可能性の話です。
希望にあふれた現実逃避
あくまで結果論に過ぎないのだ。
それをさも「自分は前々から分かっていた」と言わんばかりのしたり顔で言われると、たいそう腹立たしいものである。
もし、予想が外れていたなら、きっとその顔は焦りで歪んだことだろう。
「ね、結構良かったでしょ。」
順がへらへらとそう言った言葉に、適当に言葉を返して事態を悪化させるくらいなら黙ればよかったと紗枝は後悔した。
「そうね。」
などと、どうして適当な言葉をいつも自分は返してしまうのだろうかと思い知らされる。
その言葉は、あまりに曖昧で、言葉にするのも大変容易く、ふと気がつくとこの言葉を使っている自分がいる。
その言葉はあまりに「適当」すぎるのだ。
「でも、後悔しているわ。」
布団に顔をうずめて呟いたその言葉は、少し湿った布団の上で、順の耳に届くにはあまりに小さく不明瞭で。
「何か言いました?」
そう聞き返されるのも当然のことで。
「ううん。何も。」
けれども、不意に呟かれた良く聞こえない言葉こそ気になるもので。
「もう1回。言って下さい。その、なんとなくは聞こえていたんで。」
「なんて?」
「いや、私の口から言うのは…ねぇ。」
聞こえていたんだろうなと、紗枝が諦めて再び口を開く。
「後悔している…と、……そう言ったわ。」
仰向けに眠る紗枝の唇が動くのを見ながら、今度は明瞭に順にも聞こえた。
「あー……」
順があからさまに気まずそうな表情で、あからさまに気まずそうな声を出す。
「聞こえていたんでしょう?」
言いにくいからこそ、聞こえないように呟いたのに。
それをはっきり聞いていて、あえてもう一度言わせるとは。
自分のせいだと紗枝も分かっていたけれども。
「ほとんど聞こえてませんでした。けど…、後悔と言われたような気がして。なんとなく分かりました。そう思われていなければ良いって、ずっと思ってましたから。」
「私が後悔していなければいいと?」
「はい…」
誰かと身体を重ねることが、こんなにも体力と精神力を使うものだったとは。
むやみやたらに誘いにのるものではない。
「可能性を信じる…なんて、聞こえはいいけれど。そういう楽観的な考え方は、私からしてみればただの現実逃避だわ。可能性を信じるとか何とか、それに裏切られる可能性から目を背ける為だけの耳当たりの良い言葉に過ぎないわ。」
本当に可能性を信じるというのならば、どうして「裏切られる可能性」だけを都合良く信ずにいられるのだろう。
そんな都合の良い現実に生きているわけではないというのに。
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