部キャプの前作「ascend attend analysis」の続きに位置しています。
本作単体で読んでも問題ありませんが、続きで読むとよりお楽しみ頂けると思います。




Black-Block-Backdoor




「ええ、知ってるけど。」

その笑顔が、その余裕がその言葉に真実味を与える。
自分の思いを告げた後の久の反応が受容か拒絶か。
その2択にとらわれるあまり、「それ以外の回答」という第3の可能性を美穂子は全く考えていなかった。
まさか自分が驚かされることになろうとは。

「だって、いつも私のこと見てたじゃない。」

もっともだ。
相手はあの竹井久。
美穂子は失念していた。
自分を苦しめる人なのだということ。

沈黙が言葉を求める。
けれど言葉が出てこない。
いつもそう。
いざという時に久を前にすると、美穂子は言葉が出てこなくなる。
美穂子は制服の裾を握りしめた。

「あなたが私のこと見てるのに、どうしていつも私が気付いたと思う?」
「私、…見過ぎでしたか…?」

久は小さく笑った。

「違うわよ。まあ、それもあるかもしれないけど、私の方こそあなたのことずっと見てたから。」

パシンと乾いた音を立てて、久は読んでいた本を閉じて膝の上においた。
その思わせぶりな言葉が、美穂子を動揺させる。
いつもだれにでも、そういうことを言えてしまう人なのだと分かっていても。

「見つめ過ぎだったか本当に心配だったのは、私の方。」

久は左足の上に組んだ右足のつま先を規則的に揺らしながら呟いた。
美穂子からしてみれば、特別な意味を持つ言葉。
けれども、はたして彼女にとっても特別な意味を持つ言葉だろうか。
この右目にも見えないものはある。
微笑みながら自分を見つめる久の視線に、美穂子が耐えきれなくなる目一杯までためて、その少し手前。

「もっと言わなきゃダメ?」

絶妙な間隙の後に久は答えを与える。

「悪待ち。」

規則的に揺れる久の足からローファーが落ちて音を立てた。
足元に靴を転がしたまま久は続けた。

「試したのよ。あなたに自分から好きだと言ってもらえないのなら、私はあなたにとってその程度の存在だってこと。」

そこまで言い終えて、久は前に屈んで足元の靴に手を伸ばした。
右足に靴を戻して、目の前に立ち尽くす美穂子の手を掴んで起き上がる。

「私が自分で言うのは簡単。良くも悪くもすぐにケリもつく。思わせぶりなことを言ったりやったりして、あなたを困らせて、結局あなたに嫌われてしまうだけの結果に終わるかもしれない。でも、悪い待ちをしてでも、私はあなたに好きだと言われたい。」

先ほど久に掴まれて緩んだ手が、再び制服を握りしめる。

「私には…」
「ん?」
「私には、…簡単じゃありません。」
「でもちゃんと言えたじゃない。」

組んでいた足を解いて、久のスカートのプリーツが乱れる。

「美穂子。」

制服を握りしめる美穂子の両手に自分の手を握らせて、ほんの少しだけ自分の方へと引き寄せる。
中心からわずかに右に首を傾いで美穂子を見上げる。

「…好きよ。」
「…っ!」

絶妙な間隙が、笑顔が、その手の温度が、言葉に力を与える。

「私の方が。あなたが私に思うよりもずっと。」

可能性は確信になる。

「そ、そ、そそ、そんなことないです。」

美穂子は堪らなくなって声を出した。
不意に美穂子は久の手を強く握った。

「わ、私の方が…好きです。」
「そう?ありがと。やっぱりちゃんと言えるじゃない。」

久が笑うと、その飛び出した前髪が小さく揺れた。



彼女にとっては遠くから、ただ見つめていられるだけで幸せで。
だから、知らなければそれで済んだ。
満足の先にあるもの。

悪い待ちをしてでも、掴みたいもの。



END


タイトルを音の響きでつけるシリーズ。 
で、前作の冒頭と終末で使われた「彼女にとっては遠くから〜」の部分。
本作を読むと、「彼女」は部長でもあったいうことが良く分かりますね。
部長も部長で実はかなり恋する乙女だったりしたら良いなww

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