Blues Driver
「ああ、静かにな。」
あたしがドアを開けるなり、「ただいま」と声をあげて騒々しく部屋に入って行くのはいつものこと。
あたしの騒がしさに負けないくらいの声で綾那が怒鳴りつけるのも、いつものこと。
けれども、今日は違った。
いつものようにテレビゲームをしている綾那は、一瞬だけあたしをみて「ああ、静かにな」と、呟くようにそういった。
そういわれると同時に、あたしは思わず自分の口に手を当てて押し黙った。
綾那の腕を抱えて、その体に寄りかかる様にして眠る夕歩に気付いてしまったから。
今や当たり前となってしまったそんな2人の姿。
けれども、どうしてかそんな2人を見る度にこの胸は騒がしくなる。
静かに部屋に入り、静かにドアを閉めた。
それは静かな静かな部屋の中。
綾那がゲームのコントローラーを時々カチカチ押す音だけが聞こえる。
静かすぎる部屋の中。
綾那がテレビの音を消していることに、あたしは気付いた。
「綾那。」
「…」
「…」
「何だよ。」
夕歩が寝てるからだよね。
「何でもない。」
揶揄するかのようにへらへらと笑うあたしに一瞬あからさまにムッとした表情を見せたものの、綾那はまたゲームに戻った。
ある意味でチャンスなのかもしれない。
コートも脱がないままに、肩が触れるほどの距離で綾那の隣に座った。
「何なんだよ。」
「だから、なんでもないって。」
本当に、なんでもないのだ。
綾那の左腕に、自分の腕を絡めた。
わずかに、綾那の腕が条件反射のように動いた。
あたしも条件反射で、思わず身を引いた。
多分あたしを殴り飛ばして怒鳴りつけるつもりだったのだと思う。
マジで切れる5秒前…きっとこれがMK5っていうアレだ。
けれども眠る夕歩を想う綾那は、あたしを怒らない。
皮肉な話だけれど。
結局、左腕にまとわりつくあたしを振りほどこうとはしない。
綾那の口から間の抜けるような声がしたと思ったら、暖かな日差しのせいもあってか、眠たそうに欠伸なんてしてる。
あたしの気持ちも知らないで。
あたしの気持ちも知らないで…だなんて、どれだけ自分勝手な言葉だろう。
思いは言葉にしなければ伝わらない。
そんなこと当たり前だと分かっていたのに。
その勇気がなく何1つ言葉にしなかったくせに、誰かに自分の気持ちを分かってもらおうだなんて、どれだけ自分勝手なんだろう。
臆病な自分と綾那を挟んで反対側、一歩を踏み出した夕歩を思って目を伏せた。
そうやって、どうしようもないことを考え続けていると、思いのほか時は経っているもの。
少なくとも今にも眠りそうだった綾那が居眠りを始めるほどの時間は経っていたらしい。
相変わらず夕歩は眠っている。
あたしは立ち上がって自分のコートを脱いで、2人の肩にかけた。
例えばそう。
煙草は体に悪いと知りながら、煙草を吸い続ける大人のように。
物事をもっと楽観的に捉えれば良いと知りながらも、悪い方悪い方へと考えて自分を追い込んで行くように。
こうすればいいと知りながら、そう出来ないことがある。
それでも、2人の幸せを願った。
窓から差し込む光が、部屋の中に夕歩と綾那の重なり合う影を作った。
その影には重なれない、長く黒い自分の影を思うと、世界は涙で滲んだ。
|