true or false



「甘いね。」

ゆかりの唇に触れた後に順の唇が呟いた。
ゆかりはひどく驚いた。

これまで自分の体に触れることなど決してなかった愛しい人の非言語的愛情表現。

ゆかりのことを好きだと言いながら、そしてゆかりが順を好きなのだということを知りながら、決して一線を越えようとはしなかった順の突然の行動に、ゆかりはただただ唖然とするだけであった。

「ファーストキスはレモン味って言うけど、そんなことないね。」

ん?

ゆかりの視線の先で、順は髪の毛を指に絡ませて遊んでいた。

「嘘でしょ。」
「んー、何が?」

順の言動にゆかりは驚かされてばかりだった。

「私が初めてじゃないでしょ。」
「初めてだってば。」
「……」

ゆかりは全く信じていないというように順を見ているだけだった。

「だーかーらー、ホントだってば。なら、あたしが誰と経験済みだって言うのよ。」
「……夕歩とか綾那とか。」
「なんでよ。そんなわけないじゃん。だって…」

言いかけてやめた。
順の表情が一瞬曇るのを、ゆかりはみたような気がした。
順が弄んでいた髪の毛が指から離れ、順の表情を隠してしまった。

「だって…?」

これ以上踏み込んではいけない気もしたが、順の表情を曇らせた理由が知りたくて、その先を促した。

「とにかく、それはないし、染谷が初めてなんだってば。」

ゆかりの意図むなしく、順はただそう答えるだけだった。
初めてかどうかという件については、もうどうでもよくなっていた。
それよりも「だって…」と言いかけた先に、自分の知らない順のいる気がした。

「あなたがあの2人にあれだけべたべたしてるのを見せられたら、そう思うでしょ。私には何もしないのに。」
「なにそれ?誘ってんの?」
「そう聞こえるように言ったつもりだけど。」

いつの間にこんな高等戦術を染谷は身につけたのだろう。
しかし、そう思った直後、自分のせいだと順は気付いた。

それから、どれくらいの時間がたっただろうか。
結局、お互い隣に座る相手に何をすることもなく時間は過ぎていった。
ゆかりは立ち上がった。

「じゃ、私はそろそろ失礼するわ。」

順は引き留めはしなかった。
ただ、心のどこかでそばにいてほしいと願っていたかもしれない。
それでも引き留められなかったのは、心の穴を埋めるために都合よくその人を利用しているだけかもしれない疑念を拭いきれなかったから。


もし、夕歩と綾那がお互いのことが好きで、特別な関係だと知らなかったならば、そのことに一切の寂しさや切なさといった感情を持つことなどなければ、染谷ゆかりという人間をためらいなく愛することができたのだろうか。



END


イメージは「角砂糖3個入りコーヒー」である。
口に入れた瞬間は甘いが、ミドルからラストにかけて苦みがある感じ。


↑NOVEL↓   ↑HOME↓