始まりの最終楽章



それは…長い長い、一度きりしかない最初の夜の話。

その日の朝早くに寮を出て、順は実家に帰った。
長期休み期間なので、むしろ残っている生徒の方が珍しい。

「順は実家帰ったよ。」
「ああ、そう。知らなかった。」
「綾那が昼過ぎまで寝てるからだよ。」
「あー…」

二人は横に並んで座っていた。
夕歩の視線の先には綾那が、綾那の視線の先にはテレビ画面が。
夕歩の手には綾那の腕が、綾那の手にはゲームのコントローラーが。

「いつも何時に寝てるの?」
「分かんない。」
「もう、寝ようよ。」
「おやすみ。」
「綾那も寝ようよ。」
「まだ眠くない。」

昼過ぎまで寝ていたのだから、当然かもしれない。
どうにも綾那は眠りにつく気がないらしい。
仕方ないので夕歩もしばらく黙っていた。

「ねぇ…」

沈黙を破ったのは夕歩だった。

「んー?」
「かまって。」

綾那の視線の先には夕歩が、夕歩の視線の先にはテレビ画面が。
何とも場違いな間の抜ける音がテレビから聞こえる。
「あっ…」と呟いて綾那の視線がテレビ画面に戻った。
綾那は何も言わずにGAME OVERの画面を見ているだけ。

もしかして、迷ってる?

先ほどまでのように軽くあしらわれるだけかと思いきや、意外にも綾那の気を引いたようだ。
綾那は片手だけゲームのコントローラーから離して、その手で夕歩を引き寄せてキスをした。
しかし、綾那はすぐにゲームを再開した。

「…これだけ?」
「これだけって、…」

………え?

「これ以上のことはしてくれないの?」
「これ以上って……」

………これ以上は…

「続きは?」

唐突に要求された「これ以上」の関係。
沈黙が綾那に続きの世界を想像させる時間を与えた。
夕歩の手が綾那の腕をつかむ強さが増した。

「私じゃだめ?私は綾那じゃなきゃ嫌なんだけど。」

耳に唇が触れてしまいそうなほど近くで、囁かれた誘惑の言葉。
顔が赤くなって行くのが自分でも分かった。
その言葉は、続きの世界の方へと綾那の背中を押した。

でも、どうしたらいい。

追い風が吹いている。
背中を押してもらってる。
向こうの世界から手が差し伸べられている。
自分次第。
そんな至れり尽くせりの状態にもかかわらず、なぜ一歩を踏み出せない。
なぜ差し伸べられた手の方へ自分の手を伸ばせない。

踏み出してしまいたい。
でもその勇気がない。

綾那はゲームとテレビの電源を切って、ゲームのコントローラーを手から離した。

しかし、その手が夕歩に触れることはなかった。
綾那は自分の腕をつかむ夕歩の手をはらい、立ち上がってドアの方へと歩きだした。

ああ、ダメだったか。
頻繁に甘えたことを言って綾那を困らせていたわけではないが、綾那はいつもその度に優しくしてくれた。
「今ここぞ」というところで、綾那を引き留めておく「何か」が自分に足りないのだろう。
ドアがカタンと音を立てた。
その音は胸に突き刺さるようだった。

しかし、それはドアを開ける音ではなく、鍵をかける音。
誰かが入ってこないようにというより、綾那が自分自身の逃げ道をふさいでしまうために。
それから瞬間あけて、部屋の電気が消えた。

「ん。」

ゆっくりと近づいてきた人影に、夕歩は背中と両膝の裏に腕を回され抱きかかえられた。
もっとも、その人影は一人しか考えられないが。
夕歩の体はベッドの上に仰向けに寝かされた。

暗闇に目が慣れていないが、カーテンの隙間から差し込む月明かりのおかげで、夕歩は目の前の綾那の姿をおぼろげながら捉えた。

ゆっくりと綾那の体が重なる。
夕歩の体に心地よい圧迫感と温もり。

「私……そんなに優しくしてあげられる自信、ないわよ。」

綾那の正直な言葉がこれまた心地よい。

「うん、それでいい。それぐらいがいいよ。」

夕歩は綾那の背中に腕をまわして、綾那の体を引き寄せた。

「夕歩…」

それでも綾那が夕歩を呼ぶ声はいつも以上の優しさを帯びていた。
夕歩の顔に添えられた綾那の手の親指が夕歩の唇をなぞった。
目と鼻の先にいる綾那にやっと分かるくらいの浅い吐息が、薄く開いた夕歩の口から漏れる。
それから夕歩の唇にようやく綾那の唇がゆっくりと重なった。



END


この後夕歩が泣きわめいても攻撃の手を緩めないドS無道が登場する!!(嘘ですw)
09.10.05追記:続き書きました。ドS無道が登場するかどうかは分かりませんが、裏においてありますw

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