ギャンブラーになれない 



昼間あたしを殴り倒したその手が、夜になればこの上なく優しくあたしの身体に触れる。
鬱陶しいだの黙れだのその他散々あたしのこと罵ったのと同じ唇で、夜になれば甘い言葉を囁く。
声をかけてもあたしに見向きもしないこともあるのに、夜になれば真剣な眼差しを向けて、その瞳にあたしだけを映してくれる。もっとも、普段は度の合わないメガネをかけているせいかもしれないけれど。
必要とされるのなら、暴力も罵倒も甘んじて受け入れる。


ただ、必要とされているのはあたしなのかあたしの身体なのか。
あたしだから必要とされているのか、それともただそばにいたからなのか。
これが偶然の成り行きなのか、そうなるべくして辿り着いた必然なのか。
大きな違いである。


綾那に尋ねる勇気もない。
もし必要なのは身体だと言われたら、ただそばにいたからと言われてしまったら、もう今のままではいられなくなる。
かといって、必要なのがあたしでそれは偶然じゃないと言われたところで、その言葉にどれだけの力があるというのだろう。
人の本心を知る術を持たない以上、それが本心なのか疑うことだろう。
疑ってばかりで不安定なまま。
仕方ない…自分が何を考えているのかさえ分からないくらいなのだから。


一度気持ちを尋ねたら、そこから始まる疑いの繰り返し。
その度に訪れる、大切な人を疑ってばかりいる自分に対する自己嫌悪。
欲望と疑いと自己嫌悪と、感情の絶妙な均衡で保たれる現状。
今以上を求めることで今を失うのなら、今のままでいい。
誰もが今以上を求めて一歩を踏み出していけるほど強いわけじゃない。
その強さが今の安息を壊してしまうくらいなら強くなんかなれなくていい。


弱いままのあたしでも綾那が必要としてくれるのなら、弱いままでいい。
救われもしない突き堕とされもしない不安定な境界線の上でも、綾那がそばにいてくれるのなら構わない。



END

背景、微妙に黒


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